鰹節にだし昆布
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 豆餅に続いては乾物である。
 日々の食卓を楽しく豊かにすることは、幸福な生活の最重要項目のひとつと信じて疑わないが、これに異論を唱えるヒトは多くはないはず。ところが、日々の食卓の楽しさ豊かさはナニをもって達成出来るのかという話になると、これがなかなか種々様々な意見が出てまとまらない話となる。美味しい・美味しくない、楽しい楽しくないなどは主観に基づく個人的なコトであるし、豊か・豊かでないとなると必要とする費用金額の多寡で判断しうるなんて単純な話でないのは明らか。という次第なので、これから食卓の豊かさについて書くのだが、それは全く個人的な話であると自覚している。が、しかし。他人にも共感してもらえるのではないかなぁと密かに思っているから書こうと思うのである。
 とまぁ大げさに過ぎる書き出しにしてしまったのは、あまりにも話が単純過ぎることへの照れかもしれない。書きたい話は極めて単純。食卓を豊かで楽しくするには、美味いものを並べること以上に強力なことはなく、食卓を美味くするのには肉だ魚だ野菜だという食材にこだわる以上に「出汁(ダシ)」に留意すべきである。以上。。。
 で、終わってしまうのもナンなので、少し蛇足を加えてみる。

 自らの経験として体感しているので自信を持って書くが、全く同じ材料・作り方であっても、出汁を変えるだけで驚くほど味は変わる。全く異なる食べ物になると言っても過言ではないほど、変わる。つまりは、出汁をちゃんとするだけで、何倍(何割ではない)か料理が上手になったような気になれる。
 ところが、こと和食の出汁となると、これを「ちゃんとする」のはなかなか手強いと感じるものだ。実際、手際良く上手に出汁を取ることが出来るのなら、それで十分に料理上手と言える。だもんだから、出汁を取る作業について出来るには出来るが上手という自信の無い向きには、遠慮を込めてソコソコの材料でソコソコの作業をすることが多い。上等な材料を使うなんてもったいないという気持ちもあるのだろうが、コレ、実はそういう考えで上等な材料を使わないことの方がもったいない。そのことを教えてくれたのは、京都・出町にある乾物の専門店「ふじや鰹節店」である。
 つまり。料理の腕前はたいしたことがなくとも、さらには味の違いを察知することに関してたいした「味覚」を持ち合わせていなくても、鰹節や出汁昆布を使い分けることで劇的に味が変わることを体感出来るのである。そこらのスーパーで売ってる鰹節や昆布を使う、あるいは「出汁の素」と称した粉を溶かすという方法に対して、おぼつかない手際ながらも「ふじや」さんの勧めてくれた鰹や昆布、あるいはジャコを使って出汁を取ると、本当に劇的に味が良くなるのである。思わず「美味い!」とうなってしまう吸い物が出来上がるのである。技術的にも可能で、味わう能力的にも可能で、後述するが必要となる費用もほぼ同じとなると、わざわざ「美味しい」ものを避けるというのは、いかにも「もったいない」ということになる。
 考えてみれば、これまた当たり前のことかも知れない。一流料亭だけを顧客にしてるわけではなく、庶民の食卓をも顧客として乾物を商ってきたわけだから、庶民レベルの乾物ノウハウを持っていてしかるべきである。曰く、普段使いの吸い物にはコレ、煮物だとコッチ、あらたまった時にはアレ、何種類も常備するのが面倒ならソレだけで、などなど。さらには、お使いもの(贈答品)にするのでなければ、見た目は悪いけどソレで十分と「切れ端」ばかりを集めたお買い得品を勧めてくれ、お勧め品には当然のように「その使い方ノウハウ」が付いてくる。そして、それらは、これまたプロである「ふじや」さんにしてみれば当然のことながら、実に的を得ていて確実に食卓がレベルアップするのである。

 写真左:鰹節2品。左は、普段の出汁用に求めたもの。ひとつで煮物にも吸い物にも使い回すとしたらコレがよろしいと勧めてくれたもの。右は、猫マンマ風に「ふりかけ」として楽しもうと求めた本鰹の削り節。店先でひとつまみ食べさせてもらったら、どうにも買わずにいられなくなった逸品。
 写真右:出汁昆布2品。左のぐしゃぐしゃの山になっているのが普段使い用に求めた出汁昆布。これは、「切れ端」というか「切り落とし」というか、綺麗な形の整った昆布を取った残りの端っこである。見た目がこうだから「贈答品」といったモノにはなりようもなく、従って破格に安い。が、味は原則として同じなので、自家用で普段に使うのならコレで十分と、庶民の家計を知り尽くしたお勧めである。
 対して、右下に少しだけ置いてある「整った形」の出汁昆布は、利尻昆布の中でも最良とされる「香深産」の昆布。5年くらいは保存出来るので、これはという時にだけ使って5年分という感じのとっておきにするつもり。

 ちなみに、切れ端と香深の価格差は、10倍をはるかに越える。しかし、切れ端とスーパーマーケット普及品との価格差はほとんど無い(というか、切れ端の方が安い)。もちろん、味や香りは劇的に違う。
 コンビニやスーパーは、利便性を高めてくれることで豊かな日常生活に貢献してくれているようだけど、利便性というしろもの、要注意だなぁと思うことしきり。スーパー普及品の出汁昆布と「ふじや」お勧めの切れ端出汁昆布は、ほぼ同じ価格だが、かたや他のものと同時に購入できる利便性を提供してくれ、かたや劇的に質の高い味を提供してくれる。おまけに、「出汁昆布」「鰹節」から広がる様々な「味」の世界を教えてくれる。あくまで個人的な意見だけど、こういう広がりが食卓の豊かさのひとつに思えてならないので、わざわざ京都・出町に足を運ぶことを止めるつもりはない。
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by kaz-105 | 2007-05-14 17:26 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(2)
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Commented by nen at 2007-05-14 17:42 x
先日、都内某御三家ホテル内の某有名日本料理店○万で高額ランチを食べる機会(もちろん自腹)があったのですが、ものすごく期待してすすったお吸い物が「???」でがっかりしました。(もちろんマズくは無かったのですよ、名誉のため。ただ期待ほどではなかったということです。)
逆に、出汁って値段に関係なく、「感動する(ホントに)」味に出会うとうれしいですよねぇ。
Commented by kaz-105 at 2007-05-14 17:53
「ふじや」のご主人によると、京都の某高級料理店「○兆」では香深産昆布を使用していたそうですが、昨今ではコスト低減のため使用しなくなってるそうです。
てな具合に、いわゆる最高級品ってのは、一流店といえども「価格相応のサービス」を意識するが故に普通には使わないんだって。

蛇足だけど、かたや「○万」で、かたや「○兆」なのね。「○億」なんて店もあるのかなぁ。


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