Fiat500の実力・その2
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 柄にもなくFiat500の印象なんぞをつらつらと書こうかと思う。これまで何度か現行のアルファロメオを借り出した時にはそんな気になることなどなかったのに、Fiat500に限って書く気になるのは妙ではある。その妙なトコロが、新生Fiat500の特徴・特性なのかも知れない。

 動力性能だとか運転感覚、乗り心地、そして実用性などを合わせ、総じて言うとFiat500は実に良く出来たクルマである。ただし、少し説明あるいは言い訳が必要な「良い出来」である。どんな言い訳かというと、「コレはFiat500なんだ」という自覚が必須であるということ。「一般的なクルマ」として認識してはいけない。ましてや、他のメーカー・車種と比較してしまっては、いたずらに話をややこしくするだけ。欠点が欠点にしか見えなくなり、エクボに見えていたアバタは単なるアバタになってしまう。
 つまりは、「Fiat500」という独自のモノとして見るとき、実に満足できる仕上がりとなっているということ。旧いFiat500を知り愛着を持っているヒトには、現代に置き換えるとこうなるのかと納得させてくれるし、旧いFiat500を知らないヒトには、こういう「モノのあり方」も悪くはないなと思わせてくれる。

 前エントリーでも報告したが、実用性を計る目安のひとつである積載量は十分である。もちろん、ベンツのワゴンなんぞと比べてしまっては元も子もない。相当量の荷物を積んで走ることができ、それはFiat500に乗って行う諸活動を考えた時に積み込みたく荷物量を十分にクリアしている、という意味である。あくまで、使う人の行動に伴う荷物量との相対的な意味での「十二分な積載量」を確保してあるということであって、「絶対的な量」という意味ではない。
 実用性というと、気になる燃費。ちゃんと記録してないから正確なところは不明だけど、借り出した時点ではメーター内の表示が、積算計7100km、15.6km/lだったのが、返却時には9200km、16.1km/lってなことになっていた。ということは、借りてる間の2100kmの燃費は18.0km/lという計算になる。数値として悪くはないし、実際に満タン35リットルで東京ー大阪を走り切れるのだから、他にもっと良いのはあるとしても、これで十分と言っていいだろう。
 運転感覚だとか運動性能においても同様。他と比較してしまうと、あれこれとアラが見えてくる。何しろ遅いし、乗り心地もぴょこぴょこと落ち着かない。そりゃぁアルファのようには走ってくれない。じゃぁそれが不満かというと、そうではない。大人3人と相当量の荷物を積んで、500kmの距離を一気に走り切ることができる上に、それは忍の一字を背負ってトコトコ走るのではなく、時に白黒ツートンの気配を気にするほどのペースで爽快感を伴って走っているのだから十分だろう。
 借り出したFiat500は1200ccだった。非力であると言えなくもない。が、デュアロジックってな名前のトランスミッションがくっついてて、コレとエンジンが協同してなかなかいい仕事をしてるようで、実に「それらしい」走り方をしてくれる。「それらしい」ってのがミソ。「何しろチンクなんだしぃ」との自覚のもとに、がんがん踏む。決して上品ぶらずに、がぁーっと踏んで、ぎゅぅーっと止まって、またがぁーっと踏む。と、ちゃんと「それらしく」精一杯までエンジンを回してちゃんと走る。今どきの交通の流れに遜色無く乗っていけるのはもちろんだが、その中にあって「らしい」と思える「一生懸命さ」を感じさせてくれて実に好感。「一生懸命に、ちょい乗りからロングドライブまでこなす」というのは、「余裕をかましてるけど、ロングドライブに出る気にはなれない」のとは決定的に異なる。前者は役に立つが、後者は使い物にならない。
 快適でなくとも不快ではない乗り心地だって、「だってチンクだもん」の一言でむしろそれを楽しむ気になれる。中途半端な快適さのおかげで、知らないうちに疲れてしまってる、なんてぇことはない。「ホイールベースが短いからぁ・・」「ハーシュネスがぁ・・」「ダンピングレートがぁ・・」てなウンチクは一切無用。開発担当者でもなければコレでレースに出るわけでもないので何の意味もない。「タイヤなんて、空気の入ったのが付いてりゃイイでしょ」程度でがんがん走ればいい。だってチンクなんだもん。

 とまぁ、とにかく「だってチンクだもん」という認識とセットで、実に良い印象。ただ、誤解して欲しくないのは、「Fiat500の車格であれば、これで十分とすべき」といった割切りだか分別だか良識だか、そんなツマラナイもんではないということ。「コレはチンクだ」と自覚した上で「その気」や「やる気」を持って積極的に使い込めばそれなり以上に応えてくれるが、ただ待ってるだけでは不満を避けられないだろうなという感じ。上手に表現するのが難しいのだけど、「使い切るつもりで使うと、使い応え十分に素晴らしい働きをしてくれる」という程度には十分なものが詰まっているクルマである。なので、不足もないし、余剰もない。逆に、積極的に使い込む意志が希薄では、勝手なサービスはほとんどしてくれないので、何も起こらない。積む気で積み込もうとしなければ荷物は少ししか詰めないだろうし、がんがん走る気で走らないとトロい走りっぷりにいらいらするだけだろう。
 使い切るのは難しく一度も本領を発揮することはないであろう高性能を詰め込んで、使わない性能を備えることで満足する方向とは真逆。乗り手の意識と実行力に合わせて、それに応える性能だけが十分に詰まっている。そのモノの個性の濃厚さが、使い手の個性とシンクロした時にこそ真価を発揮する部分にある感じというか。おまけに、「ソレは無理!」ということがあるのも潔い。こういう感じは別にFiat500に限ったことではないのだけど、「いいねぇ、うまいねぇ、分かってるねぇ」と思えるモノに出会うと嬉しくなる。

 ただし・・・ちと価格が高い。そのままの方向性で、お便利性能を減じて安くできないものかなぁと思う。「便利」と「快適」は異なるものだってことを、もっともっと前面に出してもいいんじゃないかなと。不可思議なお便利機能などむしろない方が、より気持ちよく快適に使えることは少なくないのだし。
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by kaz-105 | 2009-01-18 20:11 | Fiat500がね・・・ | Trackback | Comments(0)
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