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建築探偵団・・・もどき
 建築探偵団なんて表現をするといかにも大げさ過ぎで、元祖・建築探偵団とも言える近代建築マニアな友人に笑われそうなので、「もどき」を付けてみた。
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 ちょいと買物&レンタルDVDを目当てに散歩に出たのだが、すっかり春ないい天気のせいでいつもとは違う道を歩いていて発見した(というか、再確認した)なんともイイ感じの建物。バーというか飲み屋というか、ひょっとしたら今風カフェなのかもしれないが、まぁそんな店が入っている。
 いかにテナントとはいえ入っている店の雰囲気が建物の印象を左右することもあるし、逆に、建物の印象が、入っている店の雰囲気に強く影響を与えることもある。この場合は、もちろんその両方が現れていて、要するに国籍不明、時代不明、様式不明、おまけに演出意図不明。。。つまりは単に混沌としてるだけのようなのだが、そこはほれ店側の演出資金の限界、建物側の維持管理改修資金の限界の中で、隠し切れない「素」の部分がいい具合に出てきてて、それが「広義の近代建築」みたいな風情を出してくれていて捨てがたい味わいとなっている。
 発見場所は、渋谷・百軒店。
 実に興味深い界隈、かつ有名な界隈で、この手の「掘り出し物」はいくつも在るんだけど、残念なことにこの数年、単なる「風俗」な雰囲気が増してきて「艶」が見当たらなくなってきてるのはもちろんのこと、妖しさもイカガワシサもずいぶんとつまらないものになってきている。
 都市は猥雑な方が魅力的だと思うのだけど、昨今の繁華街はワイセツやケンソウばかりでちっともアブナイ感じがしなくなったなと。そのくせ、ほんとに身の危険を感じる危なさはあったりするし。まったくどうなってんだか。
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by kaz-105 | 2006-03-31 19:43 | 建築雑感 | Trackback | Comments(0)
京唐紙
 前エントリーで書いた江戸の音曲の正本だとか稽古本だとかの展覧会を見たせいで、それらの本の印刷技法である「木版」ってすごいなぁと考えていたら、木版の素晴らしさを伝える逸品のことを思い出しました。おりしも絶好のエントリーが友人blogにあったのでさっそくトラックバックです。
 「お!ここにあったか・・・」で、でで~んと掲載されている写真。京唐紙です。
 この京唐紙、木製の版木を用いて紙に文様を描き襖紙として使うというモノですが、昔からの技法そのままに、かつ昔から伝わる版木を用いている、つまりは「本物の」京唐紙と言えるのは京都の「唐長」のものだけだそうです。
 MM1750GTVさんちの襖に使われているのは、もちろん唐長のもの。こだわり建築家とそのこだわりを楽しんでくれた施主MM1750GTVさんとで唐長にお邪魔して、数百枚はあろうかという多種多様な唐紙を共に眺め、最終的には施主自身が「これにする」と選び出しました。
 彼のblogの写真で紹介されているのは、墨染めの紙に綺羅刷りで桜を描いたもの。桜文様が絶妙の濃さで刷られているので、ぱっと見た目には何やら模様がありそうだけどよく分からない黒い紙のように見えますが、わずかな光の具合でキラリと桜が浮かび上がります。その様はまさに幽玄。彼自身が書いているように夜桜の風情があります。
 ところが、この凝った唐紙は、実は襖にとっては裏側。つまりは廊下側。
 座敷に面した、いわば表の方はというと、白い(正確には真っ白じゃなくてやや生成りですが)紙に綺羅刷りで松竹梅をモチーフにした細かな文様が描かれています。この唐紙は、裏の墨色の唐紙よりもさらに、ぱっと見た目には無地の生成りにしか見えません。が、灯りの具合でさりげなく文様が浮かび上がるわけです。
 「陰影礼賛」なんていう名著のことを引っ張り出すまでもなく、軒が深く昼でも日の光が多くは差し込まない日本家屋において、はたまた蝋燭や菜種油の灯りで過ごした夜の暮らしにおいて、暗い陰とわずかな光ならばこそ成立する何とも艶やかで魅力的な演出の世界。蛍光灯で明々と照らされている部屋では味わいようもない微妙な、しかし実に心豊かにしてくれるもの。その豊かさを感じ取れる感性を醸成したいもの。

 唐長に遺されている版木はおよそ600種と聞きます。その600余種の版木を用いて、紙の染め色、文様の刷り色のバリエーションを掛け合わせると表現の可能性はほぼ無限。その無限の中から、およそ400年の時間の中で洗練された感性が選び出す唐紙たちは圧倒的な説得力があるものです。機会があればぜひ実物を。MM1750GTVさんも同意してくださると思いますが、写真で伝わるものではありません。
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by kaz-105 | 2006-03-30 16:27 | 建築雑感 | Trackback(1) | Comments(4)
「江戸の声ー黒木文庫でみる音楽と演劇の世界」
 東大の駒場キャンパスを花見がてらにウロウロしてたら、駒場博物館で面白そうな展覧会をやってるのを発見。入場無料だし、まだ春休み中で静かだし、覗いてみたら、はたしてたいそう面白かった。
 「江戸の声ー黒木文庫でみる音楽と演劇の世界」と題した展覧会で、江戸から明治にかけての音曲の正本、稽古本などを集めた「黒木文庫」の一部を展示してある。
 歌舞伎や人形浄瑠璃、興味はあるものの実はまだ観たことがなくてよくは知らないモノ。この展覧会で、「あぁ、そうだったのね。」となんだか少しだけ物知りになった気分。(これ、気分だけで実際に物知りになれたわけではないので要注意なんだけど。)簡単簡潔に、18から19世紀に盛り上がり形成・洗練されていった日本の演劇(演芸?)について解説してくれていて、その「台本」というか「歌詞カード」というか「上演関連出版物」というか、その手の「和綴じの本」が並んでいる。
 この和綴じの本たちが、実にカッコいい。反応するトコが展示の本意とは微妙に違うとは思うが、この種の歴史に無知なので、目で見て分かることにしか反応できないし。
 筆&墨で書かれたモノを原稿として木版を彫って印刷している(要するに、版画の親戚だよね)ように見えるのだけど(何しろ正しい知識が無いから、見たものからの推測)、その書体(つまりは筆跡かな)といい、紙面のレイアウトといい、抜群。白い(何しろ古いし黄ばんでるんだけど)和紙の紙面に、黒々と太いエレメントの文字がびっちり並んでるかと思えば、繊細な細い線でまるで文様のように書かれた文字が並び、さらに空白の白地の部分の取り方が実に微妙な「イイ感じ」なのである。さらに、そこに役者絵というか舞台の名場面と思しき挿絵が、これまた絶妙の「密度」と「空白」で挿入されている。
 いやぁ、いいモノ見たなぁ。
 展示説明を読んでいて、こういう粋な出版物は大衆のためのモノだったという風に理解したのだけど正しいのかどうか。正しいとすれば、これらは大衆用娯楽出版物ということになる。現代の大衆用娯楽出版物に、こんな「粋でいなせな」雰囲気は無いよねぇ・・・と思うと、ちょっと哀しくもある。

 そうそう、展示の中に浮世絵(と言っていいのかどうか?)も何点かあって、その中のひとつ「お富与三郎」を描いたものにはかなりマイッタした。着流しにほっかむりの与三郎の姿のなんと粋なこと!さすがにタダモノではない。さらに、全体の構図といい色使いといい、しばらく身動きできないくらいハートわしづかみ状態になってしまった。
 「しがねえ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを、どう取り留めてか木更津から~・・・」う~ん、しばらくマイブームになりそうな。
 ちなみに、この浮世絵、なにげに遠近法が使われてたし、人体描写のデッサンの正確さや人体寸法のプロポーションが何気に西洋的な感じがしたんだけど、描かれたのは明治になってからのようだしホントに若干西洋風なのかも知れない。
 
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by kaz-105 | 2006-03-30 13:46 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(7)
サクラサク-2
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満開だとの情報を得たので、散歩がてら出かけてみた。
のんびり眺めたのはグランド脇の桜だけど、写真をアップするならこっちかなと。
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by kaz-105 | 2006-03-30 12:51 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(4)
飼料
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 通販で買っている「パンケーキミックス」と「オートミール」。5.44kg入り。「larger size」だそうな。
 届いて開封した瞬間に、「ドッグフードなんて買うてへんで。」と思わしめた逸品。
 いや、美味しく頂いているので何の問題もないんですが、さすがアメリカ、この風情はいかにも「飼料」。まぁ、「ヒト用飼料」なわけだから、いいのかな。生命維持に餌が必要なのは、ウシやブタと全く同じなんだし。
 ということは・・・・
 かの米国では、ヒトもウシ・ブタと同じ「動物」なのだからという優れて自然志向な考えで餌(食材)のパッケージデザインをやっているということ?
 それとも、ヒト用食材と家畜用飼料の区別なんて無意味な購買層が多く、むしろ「飼料」的な方が反応がよく、つまりはウシ・ブタなみのヒトが・・・・・ここらで、やめとこ。
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by kaz-105 | 2006-03-29 11:00 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(2)
繕いモノ
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 モノが何であれ、使えばちびる。お気に入りのモノであれば、少々ちびたくらいでは捨てる気にはなれない。修繕して、さらに使う。
 バッテリー液が飛んで穴だらけになってしまったジャケットをアップリケでごまかしてみた。「子供のお裁縫」という風情の出来だが、とにかく穴はふさがった。15年選手のジャケットが復活。
 お裁縫道具を持ったついでに、ヒジの部分が擦り切れていたジャケットにも皮の肘当てをくっつける。こちらはかれこれ20年愛用。まだまだ。
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by kaz-105 | 2006-03-29 09:59 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(3)
サクラサク
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正味たった一坪の中庭が、春爛漫。
護岸工事で切り倒された桜の木から、枝だけ救出されたものが、今満開。
現場に横たわる桜を見るに見かねた知人が、せめて一枝でもと持参してくれた。
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by kaz-105 | 2006-03-28 14:18 | ぽよよんな日々 | Trackback(1) | Comments(2)
すっかり春
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 玄関先の花がきれいに咲いている。クリスマスローズとやらいうそうな。
 実はずいぶんと前から咲いていたのだが、このところの暖かさでやっと鑑賞する気になってきたという次第。ということは、すっかり春なのは人間の方で、花はずっと前から春だったとも言える。
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by kaz-105 | 2006-03-26 13:24 | ぽよよんな日々 | Trackback(1) | Comments(0)
My Architect
 ほんとうに久しぶりに「映画館」なるものに足を踏み入れました。
 元々映画は大好きなのですが、何しろ貧乏ですからロードショーを見に行くなんてことはこのところ全く無くて、もっぱらレンタルばかりでした。興味のあった映画なので、知人が誘ってくれたのを機会に大きなスクリーンで見たわけです。
 「My Architect」。これが見た映画。
 建築関係者なら、少なからず興味を持つであろう映画。オイラ自身も大好きで、学生時代にはさんざん図面集や写真集を漁った建築家ルイス・カーンについて、彼の息子が撮影したドキュメント映画です。
 幼い頃に亡くなった上に生前にも十分には時間を共有し得なかった父の足跡を、息子がカメラとともにたどっていき、父の素顔に出会っていくといった仕立て。いわゆる有名建築家の伝記映画、賛美映画とは異なるもので、カーンの作法を真似してやろうなんてあざとく「建築技術」を仕入れたい向きにはハズレの映画でしょう。
 が、しかし。「技術」の前に気にしなきゃいけないことが何かあるでしょうって向きには、十分に示唆的な映画ではないかと。ごく単純に、カーンの設計した建物を映し出す実に美しい映像だけでも見る価値はありそうです。

 カーンとは全く関係ない「映画館」そのものの話。この種の大手流通に乗らないマニアックな映画をやってる映画館がここ渋谷界隈には少なからず在ることを知ってはいるものの、実は出かけてみるのは初めてでした。いやぁ、快適なのでびっくりしました。おまけに近いし。癖になりそうだわ。
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by kaz-105 | 2006-03-25 13:29 | 建築雑感 | Trackback | Comments(0)
廃墟の魅力
 友人建築家のblogからトラックバック。彼自身も自分のこととして書いていますが、オイラも同類のようです。「軍艦島」に反応してしまいました。
 そのblogで紹介されている「Gunkanjima Odyssey」なるサイト、惹かれます。もちろん、ウェブサイトそのものも魅力的なものではありますが、実際の「軍艦島」というサイトに魅力を感じるという意味です。

 西欧中世建築を見て回る旅に度々出かけていますが、目的地の少なからずは廃墟です。崩れた石の壁だとか、崩落してしまったボールトだとか、それでもなお残る横断アーチなんてのを感慨深く眺める旅、なわけです。
 一方で、石造建築ばかりのかの地では、廃墟となった建物の残骸を再利用するなんてことは日常茶飯事。現在普通に生活空間として使われている建物も、よく見るとローマ時代に築かれた壁の残骸をそのまま利用しているなんてことが珍しくありません。
 こういうのをたくさん見て回るというのは、数百年前に築かれた建物が、そのまま残って使われている、一部改造されて使われている、全く壊れてしまったけれど残骸が再利用されている、壊れたまま打ち捨てられて自然に還ろうとしている、などなど様々な状況を見ることとも言えます。結果として、建物を通して「延々とつながっている時間」や「営々と続く人の営み」を体感することになります。
 西欧で見る「石の廃墟」は、決して「凍りついたモノ」ではないと、思えるのです。

 ところが、日本の「軍艦島」はというと・・・
 炭鉱として栄えた人工島ですから、その歴史ほんの100年。ほんの30年前に炭鉱閉山とともに全住民が退去して無人島になったまま放置。そこで、「人」の時間は全く止まったままになってしまいました。
 まさに「凍りついたモノ」。
 それでも、草木が育ち、風化が進んでいることを見ると、「自然」の時間が確実に流れていることが感じ取れるわけです。
 この、「人」と「自然」の時間の流れ方が全く乖離しているように見える風景というのは、西欧の廃墟めぐりでは経験したことがありません。

 実のところ、まだ実際に軍艦島を訪れたことが無いのですが、ぜひとも体験してみたい場所。
 文化遺産として遺し世界遺産に登録しようという動きがあり、再び「人の時間」と「自然の時間」が出会いそうな気配ですが、そうなるとどのような風景になっていくのか、興味は尽きません。
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by kaz-105 | 2006-03-25 12:38 | 建築雑感 | Trackback | Comments(3)