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琉球なジーンズ
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 お誘いを頂いたので「榎並崇統展@義志」というイベントのレセプション・パーティに行ってきた。
 実のところ、この種の賑やかなイベントに出かけることは珍しい。「お誘い」がほとんど来ないのがその理由。たまに家具や建材などのメーカーから展示会のお誘いなどは来るが、営業意図を伴って交友関係を広げることやそのために必須な営業トークといったものが極めて苦手なもので、よほど興味のあるものでなければ腰が上がらない。今回は、旧知の友人が手がける超お気に入りのジーンズに関わるものだし、一も二もなく自然に出かける気になった。
 はたして、展示してあった「とあるジーンズ」には感服。「商品」として見た場合には、その評価は微妙かも知れない。何しろ、高額に過ぎて買うヒトを選び過ぎる気がする。しかし、こうしたモノが高額にならざるを得ない「市場」の状況に対する憂慮を込めつつ、モノとしては最大限の絶賛を贈りたくなる。

 遠目にはごく普通のジーンズに見えなくもない。あえて言えば、その青色が、通常のジーンズに比べて極めて澄んだ色合いであることぐらいか。右の写真がそのジーンズなのだが、写真で見る限りは格別の特徴があるとは思いがたい。しかし、近寄って手に取ると、その違いは明白。色合いといい生地の質感といい、えも言われぬような秘めた優しさを感じさせるジーンズである。
 何でも、沖縄の職人さんによる手織りのデニム生地を用いてるのだそうな。もちろん、染めは正藍。まったくのハンドメイドで作り出された生地は、当然のように大量には生産できない。その絶対的な生産量の限界、そしてそれが故の高価格などによるのだろうが、ブツに付された解説によると、今回生産されたのは4サイズ各1着ずつ、計4着。世界にたった4本しか存在しないという、まさにスペシャル。

 生みの親のエナミくんは、数年前にガイコツ柄を織り込んだ琉球の生地によるジーンズというの生み出したこともあった。残念ながらソレの実物には触れていないが、写真でも十分に迫力を感じられるものであった。何しろ手織りで、絣のような幾何学的な繰り返し文様ではなく、「ガイコツ」という具象的な「絵」を描くという作業が、どれほど「面倒なコト」なのかは容易に想像できる。しかし、今回のジーンズを見て改めて納得したのだが、味わうべき「良さ」の本領は「柄」以上に生地そのものの風合であったのだろう。
 今回のジーンズ、分かりやすい「ガイコツ柄」という記号を取り去ってしまった上に、直に触れて初めて強烈な説得力を持つ生地そのものの質をさらに高めているようだ。デザイナーとしては、「分かりやすい記号」を削ってしまうのはかなりの「パワー」がなくちゃ出来るコトではない。

 今のご時世、「分かりやすいモノ」で溢れている。誰にでも理解できる「分かりやすさ」というものは決して悪いことではなく、むしろ望ましいものではある。しかし、何でもかんでも誰にでも分かるモノになってしまって、「分かるヒトには、分かる」という向きが無くなってしまっては、文化や楽しみの深みも広がりも乏しいものになってしまう。ただし、「分かるヒトには」という部分が、あまりに高尚・難解に過ぎるものばかりだと妙なエリート意識の元になって、これまた貧しいものになってしまう。
 さて、この沖縄産ジーンズ。見た目に決定的な違いはない。分かるヒトが見れば、一目見ただけでも「タダモノではない」ことが分かるだろうが、素人が即座に理解するのは容易ではないだろう。ところが、見た目で即断することが難しくとも、手に触れてしまえば誰にでも分かる。それがナニであるか理解できずとも、それが何やら他とは違って具合がすこぶる良いことは感じられる。この点においては、実に「分かりやすい」。
 加えて、その「タダモノではない」という部分は「琉球の染織り」によってもたらされているのだが、「伝統的」とか「ハンドメイド」とか、それ故に「高級、貴重」とか言われるものの、よくよく考えれば、琉球土着の手工業であり地域的な特徴豊かなものではあっても「藍染め、手織り」は決して「希少」なものではなかったはず。何しろ、納税のために生産が奨励されたなんて歴史を持つものだし。ハイソのための特別品だけでなく、庶民のための日常品としてごくごく身近に存在したはずのものである。
 つまり。
 この沖縄産ジーンズは、記号的な部分においては極めて「分かるヒト」を選ぶものの、実質の部分では誰もが「分かるヒト」になれる分かりやすさを持っている。
 大きなブランドマークを貼付けて記号的な分かりやすさをアピールしたり、その歴史や背景を次世代へつながる活きた智恵ではなく単なる「コンパ芸のような蘊蓄」として分かりやすく固定してしまい、実質の部分ではその差異や利点が極めて曖昧でむしろ「分かるヒト」を選ぶというモノとは、「分かりやすさ」のベクトルや次元がまるきり異なる。

 エナミくん自身によるイベント案内はコチラ→榎並崇統展@義志」
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by kaz-105 | 2010-05-23 00:26 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(3)
おお!無事かぁ!
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 連日報道される争乱の様子にその無事を心配して止まなかった友人から、「安心せよ」とばかりに格別の届け物があった。
 発送元の住所を見ると、Sukhumvit Soi とある。まさに、ここ数日の間にその名を目にすることが多くなったアソコ。以前の騒ぎであれば、彼女の性格からして「ダイジョウブ。近寄らないから。」てな安心していいのか、むしろ余計に心配になるのやら不明なコトをおっとりまったりと言うに違いないとは思ってはいたが、「騒ぎの方から近寄ってきてるやん!」という状況。大丈夫か?と思わぬではいられない。
 届け物が無事に到着したからといって、自身の無事を知らせるものではないが、まぁ気休めにはなるというもの。おまけに、この届け物は、この時期限定&数量限定の入手困難にして極上の味を持つものだし、食えば幸せ感が否応にも増すシロモノである。
 ありがたく美味しく頂くので、くれぐれも御身大事。無事であることを。
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by kaz-105 | 2010-05-21 11:22 | 本日の頂きモノ | Trackback | Comments(6)
オルガン初体験
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 とあることのついでに、パイプオルガン演奏というのを聴く機会を得た。なんと初体験。
 もっとも、「コンサートホールで聴く」のが初体験であって、教会堂の中では何度も聴いたことがある。そのせいか、演奏が始まった瞬間に思ったコトは、「あれれ?こんな響きなの?なんだか物足りないような・・・」。30分強の演奏だったんだけど、ついに最後までその感想は変わらず。重低音パイプが「ぶぉぉぉぉぉぉっ」と響いても、「キター!」って感じがしない。
 オルガンそのものはオーストリア製とかで立派なものに違いないし、無知にして良くは知らないが演奏者も本邦一流の方なのだろうから演奏も悪いはずはなく。ということは、やはり「場所(ハコ)」のせいなのだろうか。ゴシックの大聖堂とコンサートホールでは、音響的な環境は全く異なるし。

 パイプオルガンの演奏は残念ながら不完全燃焼な感想ではあったものの、本来の目的の「とあること」の方は多いに楽しめた。なんてことはなくて、ホールの「バックステージ見学会」ってのに参加しただけ。もちろん、本業の方の基礎知識として図面やら資料やらで知ってはいるものの、一流のコンサートホールのバックステージを実際にウロウロするのは初めてだし、実に楽しく刺激的。いくつか見たことのある劇場(芝居小屋)のソレとはあれこれと違うところもあるし。
 あんまり楽しく嬉しかったもので、小澤やショルティやカラヤンも座ったであろう指揮者用控え室のソファーにこっそり座ってしまった。が、マーさんやスターンおいちゃんが座ったであろうソリスト用控え室のソファーに座ってみなかったのは残念。。。
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by kaz-105 | 2010-05-20 19:30 | ぽよよんな日々 | Trackback(3) | Comments(0)
バイクいじり
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 バイク熱がフツフツ・・・ってなコトになってるのを誤摩化すためって訳じゃないが、雨の日にもかかわらず「バイクいじり」なんぞを始めてしまった。もちろん、バイクはバイクでも、エンジンの付いてない自転車の方の「バイク」。
 雨降りの中、外でイジるってわけにはいかないので、室内にバイクを運び込んでアレコレと。現状でも基本的な不具合は皆無なので、いわば「通常メンテナンス」のつもりだったが、いざ始めると勢いがつくもんで、チェーンまで洗ってしまった。
 さすがに20年近く乗ってるとあちこちにキズが目立つようになってしまってて、フレームにタッチアップしたいところだが補習用ペイントを持ってないので目をつぶる。キズごとまとめてワックス仕上げ。使ったポリッシュ&ワックスの薬剤は、内容量少ないくせに高額だななどと購入時に思った記憶があるが、それは15年以上も前のコト。これほど長きにわたって使えてしまうのなら、極めて安価と言うべきだなと改めて思う。

 キレイさっぱりリフレッシュしたバイクを眺めつつ飲むコーヒーはなかなかの美味。
 昨今、巷ではまたぞろ自転車ブームのようで、渋谷界隈でも「自転車通行量」の増加が半端ではなく、おまけに走ってる自転車のほとんどが「それなりの自転車」なもんでたいそう目を楽しませてくれる。(いやぁ、みんなお金持ちだこと!)
 振り返って我が愛車はというと、前後ともサスなしの簡単にして単純な構成。実にシンプルにしてベーシック。つまりは安価。そのくせ、フレーム剛性は十分に高く、過激とも言えるクイックなハンドリングを持ち、実にソリッドでその気にさせる乗り味は、都心外出の短距離決戦には最適。久しぶりにメンテして、ますます愛着が増すというもの。

 ところでこの愛車、京都・宝ケ池のビルダーである片岡さんの店「ビゴーレ」で買ったもので、当時(確か90年頃だったはず)8万円ほどだったと記憶する。「たかが自転車」という向きには決して「安価」ではないモノではあるが、いまだ現役で何の不自由もないどころか、極めて上質な満足感をもって愛用できているのだから安いものだろう。

 そこで、ちょっと比較試算。
 このバイク、その重量をきちんと計測したことはないが、たぶん15kgほどの重量。それが8万。一方で、主力たる赤い戦闘機は、ほぼ900kgほどの車重(オリジナルより多少は軽量化してあるし)で、200万ほど。(・・・200万で購入できるだろうけど、さらに200万くらいは投資しないと今の状態にはならない・・・と思いたいのが本音ではある。笑)んでもって、これらの重さあたり単価を計算すると、ビゴーレは533万/1.0t、ジュリアは222万/1.0tということになる。今時のクルマだと車重1.5tで4〜500万てな相場だろうってのも考え合わせると・・・ビゴーレってなんて高額!、ジュリアってなんて安価!ってぇことになる。
 確かに、ビゴーレはそのほとんどがアルミ合金のパーツで出来ているのに対して、ジュリアの方はエンジンが総アルミ合金とはいえ重量のほとんどは鉄である。鉄よりアルミの方が高額なのは当たり前。その証拠に、アルミボディのGTAなら1.0t当たりの単価にすると1000万超は確実だし。
 ちなみに、最寄りのスーパーで「寒ブリ1本20万」なんてぇのを見かけたことがある。目方で10kgくらいだったか。ということは、寒ブリは2000万/1.0tってぇことになる。恐るべき高額品。寒ブリはGTAより高い。

*****
 アホなハナシはさておき。
 ビゴーレのウェブサイトはこちら。→http://www.vigore.co.jp/
 ここ5年ほど遊びに行ってないが、相変わらず「エエ感じ」で創ってはるようである。
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by kaz-105 | 2010-05-20 09:50 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(2)
2号用材料
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 懐かしのRZ250でやって来た友人が持参してくれたのが、コレ。バイクの話を盛り上げて新たな「おもちゃ(バイク)仲間」を増やそうという作戦ではなく、すでに手を染めてしまっている「おもちゃ」に関するモノ。
 自作カホン2号のための材料。

 先日自作したカホンで遊んでいるうちに、ココはああして、ソコはこうしてと、試してみたいコトをアレコレと思いついてしまっていた。木工作の「製作用図面」を描くのは本業のひとつ。実に気軽なもんなので、家具・内装系専門家である友人に「捨てる端材に適当なのがあったら拾っといてヨ」てなノリで、ちょこちょこっと描いたスケッチを手渡しておいた。
 それから2週間。本日、別の所用もあって遊びに来た友人が、「サプライズ・プレゼント」として手渡してくれた。たった2週間で「適当な端材」を見つけてくれるとは思いもよらなかったので、大喜び。
 今回の材種は、本体(胴)部分がシナ合板。打面用としてタモ練付合板。いずれも、木目がキレイなトコを選んで「拾った」ようで実に美しい。ただし。通常であれば木目が垂直方向になるように板取するところを、水平方向の木目で板取がしてある。拾い物の板らしいトコロだが、全く問題なし。むしろ面白くて望ましいくらい。
 自作1号から得たコトをもとに、自作2号で試してみたかったのは、板厚を少し薄くしてみることと、全体の大きさ(内容積)を少しだけ小さくしてみること。はたしてどんな音になるのやら。
 今のドタバタ仕事が終わったら製作を始めるべく、今から楽しみで仕方ない。
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by kaz-105 | 2010-05-18 16:37 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(0)
懐かしのバイク
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 本日、友人が乗ってきた懐かしのバイク、RZ250。
 実によくメンテされてて、かつなにげにあれこれモディファイされてるとこなんざ、正しく「男子のおもちゃ」らしい風情。いや、別に女子だってバイクをおもちゃにしてイイわけだけど。
 ぱっと見はごくノーマル、市販状態のまんまに見えるものの、眺めれば眺めるほど「あれ?ココって本来はコレじゃないよね?」ってトコを発見。そのたびにアレコレと話の花が咲き、キリがない。でもって、話せば話すほど忘れていたはずのバイク熱がフツフツと・・・ヤバイ、ヤバイ。
 何しろ10代の時点で、自身の性格からしてバイクに乗ったら命を落としかねないことを自覚して封印し、免許すら持っていない。免許取得前に、そういう「自覚」を得るに十分なほどには体験することができた時代だったのだなぁと遠い目をしてしまう。その一方で、この歳でバイク免許に挑戦するってのも確かに悪い話じゃないとは思うものの、これ以上「おもちゃ」を増やしてもカラダはひとつだしなぁとも。・・・味わっておきたい「感覚」はまだまだたくさんあって、金も時間も体力も足りやしない。
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by kaz-105 | 2010-05-18 16:17 | ぽよよんな日々 | Trackback | Comments(15)